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2012年02月22日

NHKの大河ドラマ「平清盛」にちなんだ話題を・・・

NHKの大河ドラマ
「平清盛」にちなんだ話題を・・・


NHKの大河ドラマ「平清盛」に登場する「崇徳天皇or崇徳上皇」にゆかりの四国八十八カ所

平家とはゆかりが深い讃岐路です。
平家と共に幼い安徳天皇が都を逃れて、屋島に行在所(あんざいしょ)を建てられて居たことは有名ですね。
その屋島に源義経が奇襲をかけて、屋島壇ノ浦の戦の後に平家は敗走し、長門壇ノ浦で入水して滅亡しました。

NHKの大河ドラマ「平清盛」で「王家」の事が描かれていますが、崇徳天皇、後の崇徳上皇は後白河天皇との政争に敗れて讃岐の国へ流罪になりました。
流罪になって8年後の長寛2年(1164年)8月26日46歳で崩御なさり、都では相次いで大火や争乱などが起こり、これらは怨念となった崇徳上皇の祟りだと考えられたそうです。
彼は日本三大怨霊の中で最強の怨霊になったと云われています。

さて怨霊となった崇徳上皇の魂を慰め、その祟りを鎮めるために、朝廷は彼を祀る白峰宮を建立し、彼が崩御された直後に地元の人達によって五色台山中の彼の御陵の隣に建てられた頓証寺(後の白峰寺)も朝廷の保護が与えられる事になりました。
崇徳上皇の怨念は明治、昭和の時代にまで続いていたらしく、明治天皇は自らの即位の前に勅使を讃岐の国へ遣わし、崇徳上皇の御霊を京都に招魂して「白峯神宮」を創建しました。
また昭和天皇は1964年の崇徳上皇八百年祭に、五色台の白峰寺の御陵に勅使を遣わせて式年祭を執り行わされました。

その坂出の白峰宮は明治の廃仏毀釈で神社となり、既に八十八カ所の札所だったために白峰宮の別当だった「高照院」が第七十九番札所となった経緯があります。
五色台の白峰寺は第八十一番札所としてそのまま残りました。


下記のリンクで四国八十八箇所遍路札所の記事を掲載致しております。
記載済みの各札所を纏めたリンクです。どうぞご覧下さい。

四国八十八箇所遍路札所


なお、私のホームページでは大きな写真を使ったページを作成致しております。
下記のリンクよりお越し下さい。

お四国さん(四国八十八箇所遍路)
posted by 某研究者 at 11:28| 東京 ☁| Comment(0) | 観光地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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